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この記事の要約

若年層に絶大な人気を誇る短尺動画プラットフォーム「TikTok」。この新しい波は高級ファッションブランドにも及び、消費者との新たな関係性を模索しています。しかし、高級ブランドが培ってきた「象徴的な意味」や「排他性」といった価値観は、誰もが自由に表現できるSNSの性質と時に衝突します。本記事では、MonclerがTikTokで展開したユニークなチャレンジ「#MONCLERBUBBLEUP」を事例に、このデジタル時代における高級ブランドのマーケティング戦略と、それに対する若年層消費者の意外な本音を、質的な調査を通じて探ります。TikTokでのチャレンジは、果たしてブランドの高級感を維持できるのか、それとも新たなジレンマを生むのか? ラグジュアリーブランドが「魂」を守りつつ新しい世代と繋がるための課題に迫ります。

スマートフォンの普及は、私たちの情報接触方法を劇的に変化させました。特に、短尺動画プラットフォームである「TikTok」は、その手軽さとユーザー主体のコンテンツ創造性によって、若年層を中心に爆発的な人気を誇っています。この波は、伝統的なマーケティングを展開してきた高級ファッションブランドにも及び、彼らはTikTokという新たな舞台で消費者とのエンゲージメントを模索し始めています。

しかし、高級ファッションの世界が長年培ってきた「象徴的な意味」「排他性」といった価値観は、誰もがアクセスし、自由に表現できるソーシャルメディアの性質と時に衝突します。本記事は、MonclerがTikTokで実施した「#MONCLERBUBBLEUP」チャレンジを事例に、このデジタル時代における高級ブランドと若年層消費者の関係性を探ります。

象徴的な意味とは

製品そのものの機能的価値(例:バッグなら物を運ぶ)を超えた、社会的なイメージや感情に結びついた価値のこと。「このブランドの服を着ているとセンスが良い」「成功している人に見える」といった、所有や消費を通じて得られる非物質的な利益を指します。

排他性(エクスクルーシブ)とは

「限られた人しか手に入れられない」「特別な場所でしか体験できない」といった、アクセスや所有が制限されている状態のこと。高級ブランドは、希少性や高価格設定、限定的な流通経路などによってこの排他性を演出し、ブランド価値を高めています。

目次

ラグジュアリーとコマーシャルの狭間で:ブランドのジレンマ

高級ファッション業界は、創業以来、「アートの論理」(芸術的表現と独自性の追求)「商業の論理」(利益最大化とマス市場への拡大)という、しばしば相反する二つの原理の間でバランスを取ってきました。特に近年、ラグジュアリー市場が民主化され、より広い層に製品を届けるために価格帯の低いアイテムを展開するなど、商業の論理の重要性が増しています。

アートの論理と商業の論理

ブランドの活動を考える上での2つの方向性。「アートの論理」は、クリエイティブな発想や独自のスタイルを追求し、他にはない特別なブランドであろうとします。「商業の論理」は、より多くの人に製品を販売し、会社の利益を増やすことを目指します。高級ブランドは、この両方の考え方を持ち合わせていますが、どちらを重視するかで戦略が変わってきます。

しかし、ソーシャルメディアという誰もが参加できる場でのコミュニケーションは、ブランドがコントロールしてきた「アートの論理」的な側面、すなわち排他性や神秘性を維持することを難しくします。プロフェッショナルではないユーザーがブランドに関連したコンテンツを作成する場合、彼らは必ずしもブランドが意図する完璧な美学や世界観を再現できるとは限りません。ここに、高級ブランドがソーシャルメディアを活用する上での根本的な課題が存在します。

「#MONCLERBUBBLEUP」チャレンジとは

本研究で焦点を当てた「#MONCLERBUBBLEUP」チャレンジは、MonclerがTikTok上で展開したユニークなキャンペーンです。このチャレンジの基本的な内容は、ユーザーが自宅にある枕や布団など、文字通り「モコモコ」したアイテムで自身を覆い隠し、そこからMonclerのダウンジャケットに「変身」するというものです。チャレンジ動画では、ラッパーの楽曲「Bubble」がBGMとして使用され、ユーザーはそれぞれの解釈でこの変身とジャケットの「バブリー」なボリューム感を表現しました。A young person (around 20s) looking at their smartphone with the TikTok app open, with a realistic, slightly shallow depth of field background.

Monclerは、このチャレンジを著名なTikTokクリエイターとコラボレーションすることでスタートさせ、多くのユーザーがこれに追随しました。公式アカウントでも、ユーザーが作成した動画を多数リポストし、積極的なプロモーションを展開しました。チャレンジの目的は、ブランドの認知度向上、特に若年層の間での関心を高め、エンゲージメントを促進することにあったと推測されます。

私たちは、このチャレンジに対する消費者の認識を多角的に捉えるため、オンライン上の行動を観察する「ネットノグラフィー」と、若年層消費者への「インタビュー」を組み合わせた質的な調査を実施しました。TikTok上のチャレンジ動画とそのコメント欄、Monclerの公式TikTokアカウントの投稿内容を収集・分析すると同時に、TikTokを日常的に利用し、ラグジュアリーファッションに関心を持つ12名の若年層(30歳未満)に半構造化インタビューを行いました。

ネットノグラフィーとは

インターネット上のコミュニティや文化を研究するための質的な調査手法です。オンラインフォーラム、SNS、ブログなどの公開情報を観察し、そこで交わされるテキストや共有される画像・動画などを分析することで、人々の行動や考え、感情を深く理解しようとします。

若年層が抱く高級ブランドのイメージ:高くて排他的

インタビューで明らかになったのは、若年層消費者が高級ファッションブランドに対して比較的明確なイメージを持っていることです。彼らは、高級ブランドを「高品質」「ユニーク」「高価」「排他的(エクスクルーシブ)」といった言葉で表現しました。特に「高価である」ことは共通認識であり、その価格に見合う「良い品質」が前提にあると考えていました。これは、既存研究で示されているラグジュアリーの5つの次元(品質、ユニークネス、顕示性、快楽主義、拡張された自己)とも一致する側面があります。

さらに、高級ブランドのマーケティング手法についても、ファストファッションとは異なると捉えていました。「控えめ」「考え抜かれている」「特定の層に向けた」といった印象が強く、ある参加者は「買えとプッシュしてこない、知っている人が買うもの」とそのスタンスを表現しました。Monclerの公式アカウントが投稿したプロモーション動画(例えば、イタリアの海岸やテニスコートを舞台にしたもの)については、その映像美や音楽、プロフェッショナルな編集に対して「魅力的」「高級感がある」「ブランドイメージに合っている」と好意的な評価が多く見られました。これらの動画は、ブランドのヘリテージやラグジュアリーなライフスタイルといった「象徴的な意味」を効果的に伝えていると感じられたようです。A high-quality, professional fashion advertisement photo showing a model wearing a luxury coat in a sophisticated setting, emphasizing exclusivity.

チャレンジ動画への違和感:「高級感」が失われる

しかし、「#MONCLERBUBBLEUP」チャレンジ動画に対する若年層消費者の反応は、Monclerの公式動画に対するものとは対照的でした。インタビュー参加者の大半は、チャレンジ動画に「高級感がない」「自分たちが持つ高級ブランドのイメージと繋がらない」という印象を抱いていました。

動画の表現については、「子供っぽい」「プロっぽくない」「安っぽい」といった厳しい意見が聞かれました。ユーザーが自室などで撮影し、プロのような機材やスキルを持たないがゆえに生じる映像の質や演出の差が、高級ブランドに期待する洗練されたイメージとの乖離を生んでいました。チャレンジ動画で使用されている「サイン」(映像、音楽、表現、そして「誰でも参加できる」という性質そのもの)が、消費者が高級ブランドに求める「象徴的な意味」、すなわち排他性や独自性といった価値観と一致しないと感じられたのです。

ある参加者は、「ラグジュアリーファッションはもっと厳格で遊び心がないイメージだ」と述べ、チャレンジのような表現は高級ブランドにはふさわしくないと感じていることを示しました。また別の参加者は、「Gucciのような他の高級ブランドがこのようなチャレンジをやるのは想像できない。Monclerならできるかもしれないが、それでもブランドイメージとは合わない」と、ブランドによって許容される範囲が異なる可能性を示唆しつつも、Monclerのチャレンジにも違和感を表明しました。

商業化とTikTokプラットフォームへの疑問

チャレンジ動画に対する否定的な意見の背景には、その「商業的に見える」性質と、利用されている「TikTok」というプラットフォームへの認識があります。多くの参加者は、チャレンジが単に「バズらせたい」「認知度を上げたい」というブランド側の意図が見え透いていると感じていました。一部のコメントでは、チャレンジ動画を見てMonclerを「ファストファッションのようだ」「ブランドの格が落ちた」と比較する声も見られ、商業の論理に偏りすぎた印象がブランド価値を損なうことを示唆しています。

ネットノグラフィーで収集したコメントからも、「TikTokでなければ良い広告だった」「このブランドへの尊敬を全て失った」といった意見が見られました。これは、TikTokというプラットフォームが持つカジュアルさや、誰でも自由に投稿・交流できる性質が、高級ブランドが維持したい「信頼性」「排他性」といった価値観と相容れないと感じられていることを示しています。特に、若年層ユーザーが多いTikTokで、高価な商品をアピールするために人気のTikTokerを起用する戦略に対して、「12歳の子どもに2200ドルのジャケットを買わせようとしているのか?」といった皮肉なコメントも見受けられ、ターゲット層と商品の価格帯とのミスマッチを指摘する声もありました。

このように、TikTokのような誰もが容易にアクセスできるプラットフォームでのチャレンジは、高級ブランドの魅力である「排他性」を薄め、「アクセスの容易さ」を高めてしまうという逆説的な結果を招く可能性があります。「特別なものを所有したい」という高級ブランド購買の主要な動機が満たされにくくなることで、消費者がそのブランドを購入する理由そのものに疑問を抱く可能性も示唆されました。

信頼性とは

ブランドが約束する品質やイメージ、メッセージに対して、消費者がどれだけ信用できるかということ。高級ブランドにとっては、歴史や伝統、品質の高さ、一貫したブランドイメージなどが信頼性を築く要素となります。

もちろん、すべての消費者がチャレンジを否定的に捉えたわけではありません。「現代のマーケティングとしては面白い」「若い世代との関係構築には良い方法」といった肯定的な意見や、「チャレンジ動画は面白かったが、ブランドの公式動画はやはり高級感があった」と、ユーザー生成コンテンツとブランド自身のコンテンツを分けて評価する見方も存在しました。これは、消費者の高級ブランドに対する期待や許容範囲が多様化しており、ブランドのイメージも一面的ではないことを示しています。A candid, dynamic photo of a young person having fun creating a video on their smartphone, possibly related to fashion or trends, showing a more casual side of social media.

結論:TikTok時代、高級ブランドはいかに「魂」を守るか

本研究は、MonclerのTikTokチャレンジ事例を通して、高級ファッションブランドがソーシャルメディアを活用する際に直面する課題、特にブランドの核となる「象徴的な意味」や「排他性」が消費者にどのように認識されるかを明らかにしました。調査の結果、「#MONCLERBUBBLEUP」チャレンジは、多くの若年層消費者にとって、高級ブランドに期待される「アートの論理」や「象徴的な意味」からの「断絶」として捉えられている側面があることが示唆されました。チャレンジ動画の「子供っぽい」「商業的」「アクセスの容易さ」といった印象が、ブランドの高級感や信頼性を損なう可能性が示されました。

映画『プラダを着た悪魔』で主人公が「フィットする」ために自分らしさを失ったように、高級ブランドがTikTokというプラットフォームに過度に「フィット」しようとすることで、ブランドの「魂」、すなわち長年培ってきた独自の価値観やイメージを損なうリスクがあると言えるでしょう。TikTokは若年層との接点や認知度向上に有効なツールではありますが、その活用方法によっては、ブランドの根幹を揺るがしかねない影響力を持っています。

高級ブランドがTikTokのような新しいプラットフォームを活用する際には、単にトレンドに乗るだけでなく、ブランドの「アートの論理」と「商業の論理」のバランスを慎重に見極める必要があります。どのようなコンテンツがブランドの「象徴的な意味」を維持・強化するのか、そしてどのような表現がターゲットとする消費者の期待に応えるのか、深く考察することが求められます。TikTokの「悪魔」に魂を売り渡すことなく、新しい世代との関係性を築いていくためには、ブランドの核となる価値観を守りながら、プラットフォームの特性を理解した創造的なアプローチが不可欠となるでしょう。

本研究は、高級ブランドのソーシャルメディア活用における消費者側の視点からの貴重な洞察を提供しました。今後の研究では、この「断絶」がブランドのビジネスパフォーマンス(売上や顧客ロイヤルティ)にどのような影響を与えるのか、企業側の視点からさらに掘り下げることや、他のブランドや異なる文化圏での事例と比較することで、より普遍的な示唆を得ることが期待されます。

よくある質問

高級ファッションブランドがTikTokを使うのはなぜですか?

記事によると、TikTokは若年層に非常に人気があり、高級ブランドは彼らとの接点を持ち、ブランドの認知度向上やエンゲージメントを促進するためにTikTokを活用しています。

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