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デジタル化が進めるオーケストラ聴衆の変化:RPO調査が示す新たな現実と未来への展望
英国ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)の調査は、オーケストラ音楽の聴衆がかつてなく多様化し、その関心や楽しみ方が大きく変容している現状を明らかにしました。コンサートへの意欲が高まる一方で、テクノロジーの進化は音楽の発見や日常での聴取習慣、さらにはライブ体験の可能性を広げています。この記事では、進化する聴衆層の多様な姿を掘り下げ、デジタル時代におけるオーケストラ音楽の課題と機会、そして未来への進むべき道を探ります。
かつて、クラシック音楽、とりわけオーケストラの響きは、選ばれし人々のためだけにあるかのような空気を纏っていたかもしれません。しかし、時代は絶え間なく移ろい、テクノロジーの進化は私たちの生活、そして音楽との関わり方を根底から変えつつあります。英国ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)が長年にわたり続けてきた綿密な調査は、その変化の波を捉え、オーケストラ音楽の聴衆がかつてないほど多様化し、その関心や楽しみ方が大きく変容している現実を明らかにしました。
特に注目すべきは、過去5年間でオーケストラコンサートを体験したいと願う人々の割合が確実に増加している点です。2018年には79%だったこの数字が、2023年には84%へと上昇しました。これは単なる一時的な流行ではなく、より多くの人々がオーケストラの響きに惹きつけられていることの証と言えるでしょう。RPOのマネージング・ディレクター、ジェームズ・ウィリアムズ氏は、このデータについて、「リサイタルホールへの人々の回帰は喜ばしく、国のすべてのアンサンブルや会場に非常に必要とされているが、私たちの芸術形式を進化させ、常に変化する社会に適応するための作業はまだ残っている」と述べています。
多様化する音楽への渇望 – 広がる発見の喜び
RPOの調査は、人々が新しい音楽ジャンルを発見することへの強い意欲を示しています。その中でも、オーケストラ/クラシック音楽は、過去1年間で最も人気が急上昇したジャンルの一つであり、関心を持つ人の割合が10%も増加しました。これは、私たちが考える以上に、多くの人々がオーケストラの扉を開ける準備ができていることを示唆しています。
人気のコンサート形式も多様化が進んでいます。伝統的なシンフォニックレパートリーへの関心はもちろん根強いものの、それと並んで人気を集めているのが、ミュージカルや映画のサウンドトラック、ポップスとのクロスオーバー、そしてビデオゲームの音楽をオーケストラで楽しむコンサートなどです。これらの新しい形式は、より幅広い層にとって、オーケストラ音楽の世界への魅力的な入口となっています。
RPOの調査は、「オーケストラ音楽」という言葉を「クラシック音楽」という狭い枠を超えて捉えることの重要性を浮き彫りにしています。ジェームズ・ウィリアムズ氏は、「私たちの追跡調査は過去7年間で、音楽との関わり方、聴取習慣、ライフスタイルがどのように進化し多様化したかを明確に示してきた。この広がりを祝福するからこそ、私たちは『クラシック音楽』という言葉よりも『オーケストラ音楽』という言葉を受け入れているのだ」と語り、このジャンルがすべての人々のためのものであるというRPOの包括的なミッションを強調しています。
新たな聴衆層の台頭 – 主役は「発見者」たち
RPOの調査が明らかにした最も重要な発見の一つは、オーケストラ音楽の聴衆を構成する層が劇的に変化していることです。長年クラシック音楽を愛聴してきた「確立された」聴衆層は全体の約31%を占める一方、全体の半数以上、実に54%が「音楽発見の旅を始めたばかり」の人々であるという事実です。彼らは、初めての一歩を踏み出した人や、他のジャンルと共にオーケストラ音楽をカジュアルに楽しむ人々です。
これらの新しい聴衆は、単に音楽を「知っている」だけでなく、積極的に「発見したい」と考えています。彼らは年齢、バックグラウンド、興味も多岐にわたり、オーケストラ音楽を人生に取り入れることへのオープンな姿勢を持っています。調査では、彼らを「ライフロング・オーケストラル・アドボケート」「音楽学生」「ニュー・ディスカバラー」「カジュアル・フォロワー」「ファーストタイム・ジョイナー」という5つの主要なグループに分類し、それぞれの音楽との関わり方を探っています。
RPOのセールス・マーケティング責任者であるルイーズ・ウィリアムズ氏は、「この新しい研究が明確に示しているように、異なる聴衆は異なるものを求めている。新しい聴衆は特に、家族を連れて行きやすいコンサートや、演奏される音楽の一部に馴染みがあるコンサートなど、親しみやすいアクセスポイントを必要としている」と述べ、これらの新しい聴衆層の重要性を強調しています。彼らが適切にサポートされれば、彼らの音楽の旅はベートーヴェンやマーラーへと繋がっていく可能性を秘めています。

オーケストラル・アドボケートとは
オーケストラ音楽やクラシック音楽を長年にわたり深く愛し、その知識や経験が豊かな人々を指します。演奏や楽曲の比較を楽しんだり、ライブと録音の両方を好む傾向があります。
ニュー・ディスカバラーとは
オーケストラ音楽というジャンルに対して、比較的最近興味を持ち始めたり、まだあまり詳しくはないけれども、音楽の発見を楽しむ人々を指します。幅広い年齢層やバックグラウンドを含みます。
ライフロング・オーケストラル・アドボケートとは
オーケストラ音楽を長年愛好し、深く探求し続けている人々。演奏や楽曲の比較、ライブ・録音の両方を楽しみます。
音楽学生とは
音楽を専門的に学んでいる、あるいは楽器演奏を真剣な趣味としている人々。知識や経験を広げたいという意欲が強いのが特徴です。
カジュアル・フォロワーとは
オーケストラ音楽に興味はあるものの、他の多くのジャンルの一つとして、気分によってたまに聴く人々。特定のジャンルへの強いこだわりはありません。
ファーストタイム・ジョイナーとは
オーケストラ音楽というジャンルについてほとんど知らないが、興味があり試してみたいと思っている人々。多様なバックグラウンドを含みます。
日常に溶け込むオーケストラ – コンサートホールを超えて
オーケストラ音楽との関わり方は、もはやコンサートホールの中だけに留まりません。パンデミックを経て定着した生活習慣の変化は、音楽の聴き方にも影響を与えています。自宅での仕事が増えたことなどを背景に、家事や料理、読書、さらには運動やガーデニングといった日常的な活動の中でオーケストラ音楽を聴く人が増加しています。
特に興味深いのは、多くの人々がオーケストラ音楽を自身のウェルビーイングのために活用している点です。リラックスや睡眠時、入浴中などにオーケストラの響きを求める人が増えており、これはオーケストラ音楽が単なる鑑賞の対象ではなく、人々の感情や心身に深く寄り添う存在となっていることを示しています。ヴァシリー・ペトレンコ氏(RPO音楽監督)は、「運動や仕事中、さらには個人のウェルビーイングのための習慣として、オーケストラ音楽との関わりが増加していることは、このジャンルが個人の生活に深く統合されていることの表れだ」とコメントしています。
コンサートホール外でのこうした多様な形のエンゲージメントは、人々がオーケストラ音楽の「発見の旅」を始める重要なきっかけとなります。そして、この旅が深まるほど、より多くの人が実際にコンサートに足を運ぶようになる可能性が高いのです。
テクノロジーとの対話 – ストリーミングとアルゴリズムの功罪
デジタル技術、特に音楽ストリーミングサービスは、音楽との関わり方を劇的に変化させました。調査対象の約3分の2(64%)が、ストリーミングによって音楽体験が変わったと答えています。ポジティブな側面としては、より幅広いジャンルの音楽を聴くようになり(25%)、これまで知らなかった音楽を発見する機会が増えた(22%)ことが挙げられます。
しかし、その一方で、ネガティブな側面も指摘されています。音楽を「受動的に」聴くことが増えたと感じる人や(14%)、物理的なメディアを手に取り、選ぶ体験を惜しむ声(14%)もあります。また、選択肢が多すぎて圧倒される(13%)、あるいはアルゴリズムのおすすめに依存しすぎて聴くジャンルが狭まる(8%)といった課題も浮上しています。
特に興味深いのは、アルゴリズムに対する人々の姿勢です。若年層(25歳未満)のわずか6%しか、アルゴリズムによる音楽選択を完全に信頼していないと答えていません。また、コアなクラシック音楽ファンも、アルゴリズムに任せることへの抵抗感が強いことが明らかになりました。運転中(44%)や料理中(32%)、リラックス時(30%)など、自分で音楽を選びたいと強く思うシチュエーションがある一方で、ジム(23%)やパーティー(21%)など、他者に任せても構わないと考える状況もあるようです。
ストリーミングサービスとは
インターネットを通じて、音楽などのコンテンツをダウンロードせずにリアルタイムで再生するサービスです。SpotifyやApple Musicなどが代表的です。
アルゴリズムとは
ここでは、音楽ストリーミングサービスなどが、ユーザーの過去の再生履歴や好みに基づいて、次に聴くべき音楽やプレイリストを自動的に提案する仕組みのことです。
ウェルビーイングとは
単に病気でないというだけでなく、身体的、精神的、社会的に満たされた状態を指す言葉です。
未来への視座 – デジタルが拓くコンサート体験
技術革新は、ライブコンサートの可能性をも拡張しています。ホログラムによる歴史的な指揮者や演奏家との共演、照明や香り、温度が音楽に反応するマルチセンサーコンサート、そしてVR(バーチャルリアリティ)による没入型の体験など、未来のコンサート体験に対する期待は高まっています。驚くべきことに、オーケストラファン回答者の60%が、今後10年以内に現在とは全く異なるコンサート体験を想像できると答えています。
パンデミック中のオンラインでの取り組みも、新たな可能性を示しました。リモートでのオーケストラ演奏や、オンラインでのライブ配信、アーティストとのQ&Aなどは、今後も続くであろう重要なエンゲージメントの形です。また、聴覚に障がいのある方向けの音楽の視覚化や、個別のオーディオストリームといった技術は、オーケストラ音楽のアクセシビリティを大きく向上させる潜在力を持っています。
RPOの副マネージング・ディレクター、ヒュー・デイヴィス氏は、「過去20年間の技術開発は、人々が音楽にアクセスするポイントが変化する時代をもたらした。これはすでに業界に大きな影響を与えており、テクノロジーに精通した世代が大きな期待を持って登場することで、これらの変化はさらに大きくなるだろう」と述べ、テクノロジーの影響を強調しています。彼はまた、「テクノロジーは、適切に使用されれば、聴衆を広げ、音楽との関わりを深め、体験を向上させ、特に障がいのある人々にとって音楽をよりアクセスしやすくする可能性を秘めている」と語り、そのポジティブな側面にも言及しています。

VR(バーチャルリアリティ)とは
コンピューターが作り出した仮想的な世界を、専用のゴーグルなどを通じて体験する技術です。まるでその場にいるかのような感覚を得られます。
ホログラムとは
光の干渉を利用して立体的な像を空間に再現する技術です。コンサートでは、過去のアーティストや人物を立体映像としてステージに登場させる試みが行われています。
アクセシビリティとは
誰もが必要な情報やサービスにアクセスし、利用できる度合いを指します。ここでは、障がいのある人など、より多くの人々がオーケストラ音楽を楽しめるようにすることを示唆しています。
結論 – 変化を恐れず、共に未来を創造する
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団は、「オーケストラ音楽を現代社会の中心に置く」という明確なミッションを掲げています。そのために不可欠なのが、今日の聴衆の姿を深く理解し、その変化に敏感に対応することです。RPOのジェームズ・ウィリアムズ氏は、「聴衆はかつてなく多様化し、音楽との関わり方も多岐にわたっている。私たちのデータが明確に示しているように、オーケストラの聴衆は拡大し、多様化している」と強調しています。
この変化は、オーケストラにとって大きな機会です。多様な聴衆のニーズに応えるため、アクセシブルで、豊かで、喜びに満ちた幅広いプログラミングを提供することの重要性が増しています。伝統的な傑作だけでなく、より親しみやすい入口となる作品や形式を提供することで、多くの人々がオーケストラ音楽の「発見の旅」を始めることができるのです。
テクノロジーは、この変化を推進する強力な力です。単なる流行に飛びつくのではなく、技術を芸術表現の向上やアクセシビリティの拡大にどう活かせるかを見極めることが重要です。RPOはデジタルプログラムの導入やホログラム共演など、既に革新的な試みを始めています。ジェームズ・ウィリアムズ氏は、「伝統とモダニティがすべてのレベルで展開される中、RPOは変化を受け入れている。最も重要な要素は旅だ。私たちの最優先の目標は、オーケストラ音楽が最も幅広い聴衆によってアクセスされ、楽しんでもらえるようにすることだ」と語っています。

変化を恐れる必要はありません。オーケストラの未来は、単に変化を傍観するのではなく、自らが積極的にその未来を形作っていく中にあります。聴衆と共に、発見の旅の入り口を広げ、誰もがオーケストラ音楽の持つ力、美しさ、そして喜びを分かち合えるような未来を創造していくことこそが、今、私たちに求められているのです。
よくある質問
オーケストラコンサートへの関心は高まっていますか?
はい、記事によると、オーケストラコンサートを体験したい人の割合は過去5年間で増加傾向にあり、2023年には84%と過去5年間で最高を記録しました。