この記事はValuation in the wine industry (and why English wine is no laughing matter) (Accuracy, March 2025)を参考文献として執筆されました。
この記事の要約
かつて冗談の種にされた英国ワインが、今や世界のワインシーンで真剣な注目を集めています。特にスパークリングワインは目覚ましい品質向上と生産量急増を遂げ、気候変動による好条件や石灰質土壌といったテロワールの恩恵を受け、国際的な品評会で数々の栄誉に輝いています。本記事では、英国ワインがなぜこれほどまでに躍進しているのか、その背景にあるデータと要因を掘り下げるとともに、ワイナリーが持つ有形・無形の「価値」と、その評価方法の複雑さについて解説します。高まる投資熱と将来性豊かな英国ワイン産業の魅力に迫ります。
英国ワイン、かつての「ジョーク」からの脱却
「イングリッシュワインをグラスで頼むよ」――かつてフランス人がバーでこう言えば、それは単なるジョークの始まりのように聞こえたかもしれません。しかし、ブドウ栽培の長い歴史を持つフランスのプライドをもってしても、今やこの言葉が現実味を帯びていることは否定できません。特に英国産のスパークリングワインは、目覚ましい品質向上を遂げ、世界の舞台で注目を集めています。
その品質の高さを象徴するエピソードがあります。2023年、英国を代表するワイナリーの一つであるチャペル・ダウンが、「シャペル・ル・バ(Chapelle le Bas)」という匿名で、シャンパーニュ地方の中心都市ランスの路上で行われたブラインドテイスティングに挑みました。結果は驚くべきものでした。参加者の60%が、世界的に有名なモエ・エ・シャンドンのブリュット・アンペリアルよりも、このケント州のワイナリーが造ったスパークリングワインを選んだのです。地元の人々にとっては衝撃だったかもしれませんが、これは英国ワインが国内外で存在感を増していることの紛れもない証左と言えるでしょう。
データが示す英国ワインの急成長
チャペル・ダウンの快挙は、近年の英国ワイン産業の驚異的な成長を裏付けるものに他なりません。2023年は英国ワインにとってまさに記録的な年となりました。その生産量は
英国ワイン躍進の秘密:テロワールと気候変動の影響
なぜ、これほどまでに英国ワインの人気が急上昇しているのでしょうか。その鍵は、英国の地理と気候にあります。英国のワイン産業は主に南東部に集中しており、ケント州とサセックス州だけで全栽培面積の50%以上を占めています。スペインやイタリアといった伝統的なワイン生産国が気候変動や異常気象による生産減に直面する一方で、地球温暖化は英国の生産者にとってはむしろ
さらに、英国の主要なワイン産地にある水はけの良い
テロワール(Terroir)とは
ワインの世界で使われる特別な言葉で、ブドウが育つ土地の環境、つまり土壌、気候、地形、さらにはその土地に根付いた歴史や文化といった、ワインの個性や風味を形成する全ての自然条件と人的要因の総体を指します。
国際舞台での評価確立:受賞歴が証明する品質向上
生産量の急増と並行して、その品質も飛躍的に向上しています。歴史的に見ると、英国ワインは、より有名なワインに比べて風味が劣り、品質が低いと見なされることが一般的でした。しかし近年、英国の生産者は国際的な舞台で
投資対象としての英国ワインの魅力
品質と認知度の上昇に伴い、投資家は英国ワインを
例えば、2015年にはシャンパーニュメゾンのテタンジェがハッチ・マンスフィールドと提携し、ケント州に125ヘクタールの土地を取得してスパークリングワインブランド「ドメーヌ・エヴルモン」を設立しました。その最初のヴィンテージは2025年にリリースされる予定です。別の有名シャンパーニュメゾンであるポメリーもハンプシャーに40ヘクタールのブドウ畑を所有し、「イングランド・ブリュット」として販売しています。他にも、フレシネ・コペスティックによるボルニー・ワイン・エステートの買収(2022年)、ベリー・ブロス&ラッドとシミントン・ファミリー・エステーツによるハンブルドン・ヴィンヤードへの50/50ジョイントベンチャー(2023年、2230万ポンド)など、最近の重要なM&A事例が、この分野への投資熱の高まりと将来性への期待を示唆しています。

ワイナリーの「価値」を測る:評価方法の複雑さ
ワイナリーの評価は、M&A取引、法的な紛争、相続手続き、税務目的など、さまざまな状況で必要となります。伝統的な評価アプローチを適用できますが、評価対象となるワイナリーの特性に合わせて最も適切な方法を選択する際には、細やかな考慮が必要です。ワイナリーの価値は、単に土地や建物といった物理的なものだけでなく、ブランドや将来生み出す収益といった目に見えない要素にも大きく左右されるからです。
ワイナリーの価値を決定するためには、主に三つのアプローチが用いられます。一つ目は
資産アプローチにおける重要な無形資産は
二つ目のアプローチは
三つ目の最も一般的なアプローチは
ヘクタール(Hectare)とは
面積の単位で、1ヘクタールは10,000平方メートル(1辺が100メートルの正方形の面積)です。ブドウ畑の広さを表す際によく使われます。
ネゴシアン(Negociant)とは
自社でブドウを栽培するのではなく、他の栽培農家からブドウや原酒を買い付けてワインを造り、自身のブランドで販売するワイン業者を指します。特にシャンパーニュ地方などで多く見られます。
フェアマーケットバリュー(Fair Market Value – FMV)とは
公正市場価値とも呼ばれ、売り手と買い手が、十分な情報を持った上で自らの意思で取引すると仮定した場合に成立すると考えられる資産の価格です。
割引キャッシュフロー法(Discounted Cash Flow – DCF)とは
事業が将来生み出すと予測されるお金の流れ(キャッシュフロー)を、リスクを考慮した割引率を使って現在の価値に計算し直し、その合計額から事業の価値を評価する方法です。
ワイナリー評価をさらに深掘り:戦略と「トロフィー資産」
しばしば、購入者は、将来のキャッシュフローから算定される価値をはるかに超える金額を支払ってワイナリーを取得する意向を示します。特にLVMHやケリングのような
一般的に、ワイナリーがより格式高いほど、期待される財務パフォーマンスと投資家が支払う価値との間に大きな乖離が生じる傾向があります。英国ワインがこれらの例と同じレベルで競い合う日が来るかどうかは定かではありません。しかし、評価額が上昇し、国内外の投資家からの関心が高まっている現状を見るにつけ、英国ワインがまさに「陽の当たる場所」を謳歌していることは間違いありません。その「ジョーク」は、今や輝かしい未来への布石となったのです。
ラグジュアリーグループとは
高級ブランドを多数傘下に持つ巨大企業体を指します。ファッション、宝飾品、化粧品などと並び、高級ワインやスピリッツも重要な事業ポートフォリオの一つとなっています。
トロフィー資産(Trophy Asset)とは
経済的な収益性よりも、所有すること自体に名声や満足感、特別な価値が見出され、高値で取引される資産を指します。著名な不動産や美術品、そして歴史ある高級ワイン畑などがこれにあたることがあります。

まとめ:英国ワインの輝かしい未来
かつては冷ややかな目で見られることもあった英国ワイン、特にスパークリングワインは、今やその品質と国際的な評価を確立し、飛躍的な成長を遂げています。気候変動による好条件、石灰質の土壌といったテロワールの恩恵、そして生産者の努力が結実し、国内外のワイン愛好家や投資家から熱い視線が注がれています。大手シャンパーニュメゾンや有力な投資家によるM&Aは、英国ワイン産業の潜在力の高さを物語っています。
ワイナリーの価値評価は、土地や建物といった有形資産だけでなく、ブランド価値や将来の収益性、さらには戦略的な重要性といった多様な要素を考慮する必要があります。特に英国ワインのように成長段階にある産業においては、市場の動向、気候変動の影響、そして消費者嗜好の変化といった外部要因も評価に大きく影響します。
現状、シャンパーニュなどの伝統的な産地と比較すれば、土地価格やブランド価値にはまだ開きがあります。しかし、着実に品質を向上させ、新たな投資を呼び込んでいる英国ワインは、その「ジョーク」を完全に過去のものとし、世界のワインマップにおいて確固たる地位を築きつつあります。そのポテンシャルは計り知れず、今後のさらなる飛躍が期待される、目が離せない産地と言えるでしょう。
よくある質問
なぜ英国ワイン(特にスパークリング)が、近年これほど注目されているのですか?
品質向上が著しく、ブラインドテイスティングで有名シャンパーニュを上回る評価を得たり、国際的なコンクールで数多くの賞を受賞したりしているためです。特に、温暖化による気候の変化や、シャンパーニュ地方と類似した石灰質土壌を持つ南東部のテロワールが、高品質なスパークリングワイン造りに適しています。